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本来無一物 旅立ちはコロリ

         本来無一物  誰もが持つ純粋な気持ち

 玄奘三蔵法師は中国からインドまでの長い道のりの求法の旅をされました。これこそ一物(心にとらわれるもの)のない、生じない、佛心佛性になる旅路です。

 今回それにあやかって旅に出られた方達は、雪のシルクロードでは、厳しい吹雪の中では、玄奘三蔵法師が訳された「般若心経」を読み続けながらの旅になったようです。また何度も生命の危機にさらされた、旅になったようです。

 数年前のインドではイスラムとヒンズーが対立し、双方で合わせて600人が撲殺されました。町では戒厳令がしかれていて、交通は遮断され、命からがら空港に着いたが、飛行機の席がなく「玄奘さんなんとかしてください」と呼びかけたようです。

 するとなんと現地の方が自発的に席を譲ってくださったようです。仲間たちは「守られている」といわれていたようですが、これこそ無一物の心だったからではないだろうかと考えられたようです。

本来無一物」とは、もともと私たちは、物事に執着したり、心ににとらわれることなど一切ないことを示しています。この世界は絶対の無・空であり分別や絶対的観念ないからです。

 本来の純粋な心、無一物の境地になれば、すべてのものごとにおいて限りなく広がる世界が現れるでしょう。無であるからこその快感ともいえます。

◎旅立ちの仕方も色々とあると思います。令和3年9月6日に妻が私に「今生の夫婦の営みは、今日のこれで終わります。いろいろな体位でしていただいて、本当に楽しくありがとうございました」「何があったのですか」「別に何もありません、今回のこれで終わりになります」といわれました。

 それから9月9日の重陽の日に、50年近く病院で検査を受けたことがないし、この際子供たちの勧めで病院に検査に行きました。検査数値はすべて範囲内に入っていたのに、体調急変して重陽後一日の9月10日に<コロリと亡くなり>旅立ちしました。

 医師が遺体に手を当てていましたが、冷たくもなく、穏やかな表情、硬直もないことを頭を捻っていました。死亡診断書はなんと書かれていたのでしょうか。
 死後の硬直もなく、遺体を拭いてくれていた方が「持参された着物に着せ替えましょうか」「それができるならしてあげてください」といいましたが、それができました。
 死亡診断書は書いていただいていたので、葬儀一式が滞りなくできて火葬場に行けました。

 葬儀が終わり担当者が足と頭を持たれてお棺に入れようとしたら、硬直していないので腰が曲がって担当者が驚いて手助けに行かれていました。硬直もなくて、それなりに暖かくいい旅立ちをしました。

 

 

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